昨年5月から最終介護、ターミナル宣言を医師より告げられ延命治療と自然死の選択を問われましたので

自然死の希望することにしました。

その後幾度かピンチを乗り越えていた母も12月7日にいよいよ最期が近付いていると施設から電話がありました。

自然死を希望した私は母への申し訳なさもあり、毎日母の顔を見に行くことが日課でした。

10年前から患ったアルツハイマーは進行し、もう飲み込みも悪くだんだんと食べ物が入らなくなってもう点滴が栄養補給手段です。

少しでも力ずけたくて、歌が好きだったので子守唄のように歌を聞かせ、顔をマッサージし、励まし続けました。

表情がなくなった顔には私の言葉が分かったのか、分からなかったのか・・・

それでも年末、年始を越して苦しむことなく1月6日正午に眠るように息を引き取りました。

今だから言えるのですが、延命治療を希望しなくてよかったと思います。

施設の職員さんに家族のような手厚い介護を受け、無理な管につながれることなく、感染症に苦しむことなく

元来の農業でつちかった強い体でこんなに頑張って生きることが出来ました。

無駄な治療、投薬がどんなに体に負担なのかと言うことも母と父を比較して十分分かりました。

人らしく最期を迎えられたのも施設の職員さんのお蔭と深く深く感謝した次第です。

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少し落ち着いてきたのでボツボツブログを再開しようと思います。

日の出を期待したのですが雲の中に隠れてしまいました。今日はこんなところで・・・・