遠い先祖を尋ねて・・

我家の仏壇の過去帳には遠い先祖に新田義貞が記されています。以前から機会があれば新田義貞を尋ねて旅行したいと話していました。

外販部の移動バスが車検で3日間の休みに義貞のルーツを尋ねて行こうと11月22・23日、夫婦で出かけました。

22日の午後3時に我家を出発、施設に預かって戴いている父を見舞って、少し回復したのを見届け

福井に向かって車を走らせます。

午後8時ごろ敦賀に着き、宿探しにあちこち巡った。行き当たりばったりで越前道中膝栗毛・・

それでも結構いいホテルを見つけて一泊することになった。もう8時半過ぎて食事は外食することに。

一夜明けて朝のホテル、向かいにせり市場が見えます。

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かもめが飛びのどかな風景だった。

さあ、これから坂井市丸岡町長崎、称念時に眠られる新田義貞公を目指して出発!(午前9時)

かなりの距離で2時間半ほど車を走らせた。

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やっと称念寺に到着!人の出入りも少なくひなびた感じ!

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天保8年(1837)新田義貞公500回忌に福井藩主松平宗矩が建立した

高さ2.6m余りの五輪石塔である。下二段は旧墓石である。

 

新田義貞は元弘3年(1333)に鎌倉幕府を滅ぼした。その後南北朝の戦と発展し

南朝方の義貞は延元3年(1338)7月2日に灯明寺畷の戦いで戦死した。

その遺骸は時宗の僧によって、称念寺に運ばれて葬られた。

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落葉はあたり一面に落ち、あまり人の手が加わっていない。お参りする人は私たち

以外に2名居られただけ・・

寂しいけれど、この落ち着きはなんだろう・・・

主人は義貞公の墓前で写真を撮ってくれ・・という。

なにか主人は同化??しているよ!

過去帳に新田義貞がのっていた・・といっても確かな血縁があるなんの確証もないが・・

主人は以前より行って見たかった所なのでほっと安堵したようだった。

とにかくお参りしてきた。

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新田義貞公が祀ってある藤島神社にお参りした。

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義貞公がかぶっていたというかぶとが展示してあった。

このかぶとのレプリカを男の子の七五三にかぶって記念撮影をするという。

綺麗に着飾った親子が七五三のご祈祷を受けていた。

 

新田義貞公は足利尊氏のように天下は執れなかったから、それほど華々しいこともなかった。

みやげものを買うにも何にもなかったので、近くにある永平寺に行くことにした。

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遠い先祖を尋ねて・・” に対して1件のコメントがあります。

  1. megane より:

    こんばんは、いつも有難うございます。今日はすいませんでした、そして寄ってくれたのに留守ですいません。それから有難うございました。ご夫婦でルーツの旅、良いですね。ご主人もゆっくり、良い顔しておられますね。新田義貞、改めて歴史の勉強をしました。

  2. sakamotoya より:

    こんにちは。竹田城ご苦労様でした。
    城は見る事が出来ませんでしたが、
    生の雲海だけでも見られて良かったです。
    先祖のルーツをたずねる旅なんてすごいですね。
    でも、自分の祖先がそんな有名な方なら
    訪ねて行きたくもなるのは分かるような気がします。

  3. 溶射屋 より:

    joyokudaさん
    こんばんは!
    歴史に名前を残している人と繋がりがあるなんて凄いなぁ!!
    しかも700年も前の話しではないですか?
    お寺にそういうものが記帳されているのが残っているのも凄いと思います。
    夫婦でゆっくりと旅行が出来て良かったですね(^―^)

  4. ジョイおくだのお母さん より:

    meganeさん、コメントありがとうございます。
    お返事遅くなって申し訳ありません。
    夫婦でちょっと仲良く、言いたいこといいあっていい旅してきました。いつかは群馬に行きたいなんて話ししながら・・

  5. ジョイおくだのお母さん より:

    坂本屋さん、コメントありがとうございます。
    有名な先祖といっても血が繋がっているのか?・・
    きっと戦に負けて逃れて逃れて野中の地についたのかも・・・
    大江山の鬼になっていたのかもしれませんよ・・

  6. ジョイおくだのお母さん より:

    溶射屋さん、コメントありがとうございます。
    歴史に名を残した人の末裔なのか、血縁が途切れたかのか・・
    定かではありませんが・・
    お寺の和尚さんは戦に負けて逃げ延びて危険を回避するために
    改名したのではないかと仰っていました。
    とにかく楽しい旅でした。

  7. 伯爵 より:

    へえ新田義貞の残党だったかもしれないですね
    太平記面白いですよ

  8. ジョイおくだのお母さん より:

    伯爵様、コメントありがとうございます。
    きっと残党だったのでしょうね。
    逃げて逃げて逃げ延びて、野中にたどり着き、名前を変えたということでしょうか・・
    太平記を読まなくては・・

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